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東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)188号 判決

原告 有限会社丸吉商事

被告 東京法務局八王子支局登記官

代理人 中山弘幸 岩井明広 萩野譲 ほか一名

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六〇年一〇月一五日付けで別紙目録一記載の建物についてした合棟滅失登記錯誤を原因とする滅失回復登記処分を取り消す。

2  被告が同日付けで別紙目録三記載の建物についてした家屋番号八三五番八と重複を原因とする滅失登記処分を取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前)

1 本件訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外大翔産業株式会社(以下「訴外会社」という。)は、別紙目録一記載の建物(以下「甲建物」という。)を所有していたところ、昭和五五年一二月二八日、甲建物に隣接して同目録二記載の建物(以下「乙建物」という。)を新築し、昭和五六年二月一三日、乙建物の所有権保存登記を経由した。

2  被告は、同年九月一四日、甲、乙各建物につき同月一四日合棟を原因とする各滅失登記処分をして、登記用紙の閉鎖をするとともに、別紙目録三記載の建物(以下「丙建物」という。)につき同日合棟を原因とする表示登記処分をした。

3  訴外会社は、同月一六日、丙建物につき所有権保存登記を経由し、原告は、同日、訴外会社から丙建物を買い受け、その旨の所有権移転登記を経由した。

4  被告は、昭和六〇年一〇月一五日、甲建物につき合棟滅失登記錯誤を原因とする滅失回復登記処分(以下「本件回復登記処分」という。)及び丙建物につき家屋番号八三五番八(甲建物の家屋番号)と重複を原因とする滅失登記処分(以下「本件滅失登記処分」という。)をし、その登記用紙の閉鎖をした。

5  しかし、甲、乙各建物は、合棟により独立した建物としての存在を失い、全く別個の新たな建物である丙建物となつたものであるから、右2の各登記処分は適法であり、右4の各登記処分は違法である。

6  よつて、本件回復登記処分及び本件滅失登記処分(以下合わせて「本件各処分」という。)の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

後記五(抗弁)記載のとおり、乙建物は、甲建物の附属建物であるから、甲建物と乙建物とが接合された場合、乙建物は甲建物に一体化してしまい、これに対し、甲建物は、その同一性を失うことなく存続するものである。そうすると、甲建物については滅失登記をすべきではなかつたものであつて、右登記は回復されねばならず、そのため、被告は、本件回復登記処分をしたのである。他方、丙建物は、甲建物と同一の建物であり、その表示登記は、本件回復登記処分により回復された甲建物の表示登記と重複することになるから、重複を原因として抹消されなければならず、そのため、被告は、本件滅失登記処分をしたものである。そして、被告は、本件滅失登記処分までの間に丙建物についてされた原告の所有権移転登記等を職権により、回復された甲建物の登記用紙に移記している。それゆえ、丙建物における原告の所有権等の権利関係は、回復された甲建物の登記により保全されているから、本件各処分により、原告の権利関係には何ら消長を来していない。

したがつて、原告には、本件各処分の取消しを求める訴えの利益がない。

三  被告の本案前の主張に対する原告の反論

原告が丙建物の所有権移転登記を経由した当時は、その登記用紙においては、原告の登記に優先する登記は何も存在しなかつたが、本件各処分の結果、原告の所有権移転登記は、従前甲建物に存在した抵当権の登記に劣後するものとされており、本件各処分は原告の権利関係に影響を及ぼすものである。

したがつて、原告には、本件各処分の取消しを求める訴えの利益がある。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3のうち、原告が丙建物を買い受けた事実は不知、その余の事実は認める。

3  同4の事実は認める。

4  同5、6は争う。

五  抗弁

1  乙建物は、甲建物と殆ど平行に、甲建物の北側の東寄りに建築されたものであつて、両建物の位置関係の大略は別紙図面のとおりである。甲建物の北側壁面は一〇・四〇メートル、乙建物の南側壁面は四・九二メートルあつたが、乙建物の東端は甲建物より約一メートル東方へ突出していたので、両壁面の重なりあう部分は約三・九二メートルであつた。そして、乙建物の南側の壁面と甲建物の北側の壁面との間には僅か数センチメートルの間隔を置くのみであつた。乙建物の屋根は別個に葺かれていたが、甲建物の壁面から約一メートル北側へ突き出した甲建物の一階の屋根(庇)が乙建物の南側部分を覆う形になつていた。

2  甲建物には、当時、訴外高橋勲がその家族とともに居住し、名目ともに居宅であつた。他方、乙建物は居室一室だけの構成で、台所、水道設備、トイレツト等の生活上の諸設備を全く備えておらず、電灯の設備はあつたが、配線は甲建物から引き込んだもので、外部から引き込まれていなかつた。また、乙建物には、東側と北側にある窓のほか、出入口の用をする幅約九〇センチのドアが取り付けられていたが、その内側には沓脱ぎに相当する部分はなく、直ちに居室の床になつていた。しかも、道路から乙建物に出入りするにも、固有の門、通路はなく、甲建物の東西いずれかの側方(甲建物の敷地内で幅一メートルに満たない所もある。)を通る以外に余地はなかつた。

3  以上によれば、乙建物は、甲建物及びそこに設けられている設備に依存しなければ、人が独立して居住することができないもので、しかも、甲建物と密着といつてよいほどに近接し、電灯の配線も甲建物からの延長である。これらに、甲、乙各建物の床面積をも合わせ考えると、乙建物は物理的には甲建物と別個ではあつても、独立した建物ではなく、甲建物の付属建物にすぎないものである。

4  したがつて、当時の所有者であつた訴外会社が甲、乙各建物の、近接して相対応する壁面を撤去し、乙建物の屋根を甲建物の壁と接合させる等の一体化工事を施した結果、乙建物は甲建物に附合してその所有権が消滅する一方、甲建物は、その構造及び床面積に若干の変動は生じたものの、乙建物との合棟によつてはその同一性を失わずに、その所有権が存続しているものである。

5  したがつて、甲建物について乙建物との合棟による滅失登記は誤りであるので、被告は、本件回復登記処分をしたのであり、他方、甲建物と乙建物との合棟により新たに存在するに至つたとされた丙建物は甲建物と同一の建物であつて、その表示登記は甲建物の表示登記と重複する二重登記であるので、被告は、本件滅失登記処分をしたのである。

したがつて、本件各処分は適法である。

六  抗弁に対する認否

抗弁は争う。

不動産登記の対象となる独立した建物であるか否かは、土地に定着していること(定着性)、材料を使用して人工的に構築されたものであること(構築性)、屋根及び周壁等により外気を分断しうる構造を有していること(外気分断性)、屋根及び周壁等の外部構造によつて区画された内部には一定の用途に供することの可能な空間(人や貨物の滞留の可能な空間)が形成されていること(用途性)、各要件を具備しているか否かにより、判断すべきものである。

乙建物は右各要件を満たしており、独立した建物である。

なお、今日のように高度に発達した経済社会のもとにおいては、あらゆるものが商品化されて取引の対象となる可能性があるから、建物の独立性判断の要件として、経済的取引の可能性(取引性)をとりあげるべきではない。

第三証拠<略>

理由

一  請求原因1、2の事実、3のうち原告主張の各登記経由の事実及び4の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  本案前の主張について

被告は、甲建物と丙建物とは同一の建物であるところ、本件滅失登記処分までの間に丙建物についてされた原告の所有権移転登記等は、本件回復処分により回復された甲建物の登記用紙に職権で移記されているから、丙建物における原告の所有権等の権利関係は、回復された甲建物の登記により保全されて何らの消長もきたしていない旨の立論を前提として、原告には、本件各処分の取消しを求める訴えの利益がないと主張している。

ところで、<証拠略>によれば、本件滅失登記処分による登記直前の丙建物の登記用紙には、原告の所有権移転登記並びに原告設定に係る抵当権設定仮登記及び停止条件付賃借権設定仮登記(以下合わせて「原告の登記」という。)が経由されており(原告の所有権移転登記の経由については、右一のとおり当事者間に争いがない。)、原告の登記に優先する登記は存在しないこと、本件回復登記処分による登記後の甲建物の登記用紙には、被告により職権で右の丙建物の登記用紙から原告の登記が移記されたが、原告の登記に優先する根抵当権設定登記が経由されていることが認められる。

右事実によれば、仮に被告主張のように甲建物と丙建物とが同一の建物であるとしても、右の甲建物の登記用紙における原告の登記は、右の丙建物の登記用紙における原告の登記と比べ、原告にとつて不利益なものであることが明らかであるから、右の丙建物の登記用紙の原告の登記に係る権利が、右の甲建物の登記用紙の原告の登記により、何らの消長もなくそのまま保全されているものであるとはいい難い。

したがつて、被告の右主張は、その前提を欠き失当である。

三  本案について

1  <証拠略>を総合すれば、抗弁1、2の事実のほか、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(一)  昭和五六年一月一九日、訴外会社から乙建物の表示登記の申請があつたので、被告の係官が同月二九日実地調査をしたところ、乙建物の周壁は石綿系の建材によつて遮断されており、屋根は鉄板系材料(亜鉛メツキ鋼板)で葺かれ、基礎も、甲建物と非常に接近していたが、一応別個であつた。また、右係官を案内した訴外会社の社員は、右係官に社宅として、甲建物には夫婦者を、乙建物には独身者を入居させると言明した。そこで、被告は乙建物について、住宅の一個性の判定基準とされる物理的独立性、利用上の独立性及び経済的価値の三項目とも満たされているものと判断し、右申請に応じて乙建物の表示登記をした。

(二)  昭和五六年九月一四日、訴外会社から甲、乙各建物の表示登記の各抹消登記及び丙建物の表示登記の申請があつたので、被告の係官が同日実地調査をしたところ、密接して建てられていた甲、乙各建物の重なり合う部分のうち、甲建物の北側壁面二・七二メートルとこれに対応する乙建物の南側壁面二・七二メートルが撤去され、両建物は右撤去部分で一体化し、自由に行き来できる状態になつていた。また、乙建物の屋根を甲建物の壁と接合させる工事も施されており、残余の両建物の間隔も外側からモルタルで塗り固められて、構造上も利用上も一個の住宅と化していた。そこで、被告は、甲、乙各建物は独立しては存在せず、新たに丙建物が存在するに至つたと判断した。そして、右申請に応じて甲、乙各建物の各滅失登記及び登記用紙の閉鎖並びに丙建物の表示登記をした(右の各登記及び登記用紙の閉鎖については、前記一のとおり、当事者間に争いがない。)。

なお、訴外会社は、右申請と同一内容の申請を前月にもしていたが、これについて被告の係官が実地調査した時には、まだ一体化したと認められるだけの工事はされていなかつたので、同申請は一旦取り下げられ、その後、前記のとおりの申請がされたものである。したがつて、昭和五六年一月二九日の実地調査は、乙建物についての三度目のものである。

(三)  右工事の前後を通じて、乙建物は訴外高橋勲とその家族以外の者の使用に供されたことはない。

2  右認定事実によれば、甲、乙各建物は、当初その基礎及び構造を異にし、極めて接近してはいるが、相互に隔離された建物として建築されていることなどからすると、一応それぞれ別個の建物とみることができる。しかし、二つの相互に独立した建物について、その物理的状態、客観的な用途・用法、社会的、経済的な取引上の価値等を総合したうえ、一方が他方に対し依存、従属の関係にあるとの判断をすることが許されるのはもとより当然である。

これを本件についてみると、乙建物は、甲建物及びそこに設けられている設備に依存しないで人が独立して居住するのに必要な水道設備、トイレツトを欠くうえ、居宅であれば通常設けられる台所もない単室の構造であつて、しかも、甲建物と密着といつてよいほどに近接し、電灯の配線も甲建物からの延長である。この乙建物の物的状態及び甲建物の位置関係からみれば、乙建物は、甲建物中の右諸設備に依存しないでは、人の居住の用に供し得ない、甲建物に従属する建物であることは一目瞭然であり、現に乙建物は、甲建物に接合されるまでの間、甲建物に居住する訴外高橋勲とその家族以外の者の使用には供されていなかつたのである。そして、右依存関係を断たれた状態では、社会的、経済的にみて居宅としての取引価値が低いことは、容易に理解できるところである。右の諸点を総合すると、乙建物は、甲建物の存在を前提としていて、甲建物にかなり強く依存し、また従属する関係にあるものということができる。

3  そして、乙建物が甲建物に対し、右のような依存、従属の関係にある以上、右1(二)に述べたような一体化工事(いわゆる合棟工事)により、両建物が、一体化したときは、従たる不動産である乙建物が主たる不動産である甲建物に附合することにより、乙建物の所有権は甲建物の所有権に吸収されて消滅するものと解するのが相当である(民法二四二条本文)。

なお、不動産相互の附合について一言すると、土地と建物を別個の不動産とする現行法制の下においては土地と建物が附合するということはありえないが、少なくとも建物相互間では、動産において附合とされているのと同様の事態が生じうるから、その附合については、民法二四二条ないし二四四条の適用又は類推適用があると解するのが合理的な解釈であると考える。

4  以上によれば、甲建物は、乙建物が附合することによつて建物の構造及び床面積に若干の変動は生じたものの、建物としての同一性を失うことなく存続しているものと認められるから、甲、乙両建物につき一体化工事をした結果の丙建物は甲建物と同一の建物ということができる。

5  したがつて、甲建物は、一体化工事によつてもなお存続することを理由にされた本件回復登記処分は適法であり、また、丙建物の表示登記が右処分により回復された甲建物の表示登記と重複することを理由にされた本件滅失登記処分もまた適法である。

四  よつて、原告の本件各処分の取消請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木康之 塚本伊平 加藤就一)

目録

一 東京都八王子市横川町八三五番地八、八二八番地四所在家屋番号 八三五番八

軽量鉄骨造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅

床面積 一階 六三・三七平方メートル

二階 三五・六八平方メートル

二 同所八二八番地四所在

家屋番号 八二八番四

木造亜鉛メツキ鋼板葺平屋建居宅

床面積 一五・二五平方メートル

三 同所八三五番地八、同番地一五、八二八番地四所在

家屋番号 八三五番の八の二

木・軽量鉄骨造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅

床面積 一階 七九・〇二平方メートル

二階 三五・六八平方メートル

別紙図面〈省略〉

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